今だに、船の揺れは苦手だ。
今から2年2ヶ月前、私が乗っていた船が沈没し、死にそうになった。
会社に入社する1ヶ月前のことだった。
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私は、最後の学生卒業旅行ということで、
「大好きなタイ」を周遊することにした。
いつも旅をするときは、できるだけ人行かなそうなところ、いなそうなところを
選ぶ私が、このときは、「いわゆる観光地!」を旅の中でめぐろう!
と決めていた。
今回の予定は、北部タイ「チェンマイ・スコータイ」・中西部「カンチャナブリ」をめぐり、
中東部「パタヤ・サメット」・東部「ピマーイ・ナコーンパノム」と観光地を巡って旅終了といった感じであった。
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北部・中西部を巡り、バンコクに宿をとり、バンコクから、日帰りで、
「パタヤ」にバスで向かった。
到着して海を見ると、「汚い(涙)」。
せっかく着たのに・・・・。
とうろうろ街中を歩いていると、
「船で45分!美しい海の島「ラン島」へGO!往復120B(約480円)
という看板を目にした。聞けば、あと5分後に出航というではないか。
これはと、迷わず乗り込んだ。
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行きの船では、新しい友達ができた、アメリカ人で、大阪に交換留学に来ている「めるちゃん」だ。わーわーわ!!!なんて話している間に、あっと島に到着した。想像以上にきれいな光景に、なぜか私は、船の脇で船に乗る前に飲んだ「コーラー」をゲーゲーと吐いていた。
いつもは船酔いなんてしないのに、「不思議だーー」なんて思いながら。
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なんか体調の優れない私は、
せっかくきれいな海に着たのに、
海にもぐらず横になってた。(※なぜ、ここで私が「もぐらず」なんていう言葉を使ったかって。私は素もぐりが得意なのだ!10メートルはいける!水泳選手だし!)
ともだちになった「めるちゃん」の荷物番を
していた気がする。
4時間くらいの島の滞在を終えて、パタヤに戻ることになった。
帰りの船に乗り込むと、もう船の中はいっぱいの人であふれていて、
デッキの端に座ることになった。
きっとこれは20人乗りくらいの船なんだろうな、何人乗ってるんだ??と思うくらい人が乗っていた。なのにまだ人を乗せていた。
しばらくすると、欧米人とタイ人のカップルが私の横にすわった。
なぜか犬がいて、どうやら船乗りの飼い犬のようだったが、
カップルがその犬とじゃれ始めた。しばらくは、
「Oh! Prety! ・・・・」なんていいながら犬をナでなでしていた。
すると、突然「WOO!WAN!!!!!」・「gya-----------!」
声にびっくりしてみると、犬にかまれて血を「だーーーーー」と流して、わんわんと
ないている彼女のほうが泣いていた!!
「もう!うそーーーーー(・・!)」と思いながらも、
隣だし、持っていた、ミネラルウォーターとタオルを欧米人の彼に渡し、間接的に介護をした。
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そんなんで、いつの間にか船は出港した。
エンジン近くのデッキは、非常に暑く、つらかった。
そんな私たちを、カナダでモデルをしている女の人ファミリーが
気遣ってくれ、狭い船の屋根のあるところに、入れてもらうことができた。
20分ぐらいしたら、突然「船のエンジンが」止まった。
床は、なぜか水が軽く滴っていた。
みんなで、どうしたんだ??といいながらわいわいしていたら、
何事もなくまたエンジンは動き走り始めた。
すると、船は横揺れを始めた。
またエンジンがとまり、うごき、船の横揺れは激しくなり、船の中は水がさらに入っていた。
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無理やり、船はエンジンをかけ前進を続けた。とにかく船の横揺れがはげしかった。
みんなで声を掛け合い、船の真ん中に集まった。
私は、万が一のことがあったらまずいしなんて冗談を言いながらも、洋服を脱ぎ、
水着と、Tシャツだけになった。
もしかしたら最後の写真になるかも!なんて、カナダ人・フィリピン人ファミリーと
写真をパシャパシャ取り、気を紛らわしていた(本当はすごく怖かった。ものすごいゆれで、
完全に90度に傾いてしまったか??きゃーーー」なんていうことが何回もあったのだ。
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本当にこりゃやばいとおもい、私の尻に敷いていた
「ライフジャケットをてにとり、」
「泳げない人は、ライフジャケットを!」
と言い、カナダ人で中国系のおばさんと、フィリピン人の女の子に
渡した。
そのライフジャケット、ぼろぼろで、穴があいてて、
35人以上は乗ってた船の中に、
2個しかなかった。
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ついにその瞬間は来てしまった。
私が乗ってた左側が、上にあがり、また90度近く傾き始めた。
「きゃーーーー」「左側の人間が、左側によれ!」と
誰かが行った瞬間
「JUMP!」たぶん船頭が言ったのだろう。
90度に船は完全に傾いてしまった。
私は、左側の船の端につかまり、宙ぶらりんの状態になった。
下を見ると、真ん中にあった机が、まっさかさまに落ち、人が
下に重なるように落ちていった。
あ、と思った瞬間に、下から大量の水が、私の元に向かってきた。
なぜか、船につかまっている私の手が離れない。あーーーー
とおもいながらも手が離れない。
もう、水は、首元までいていた。
離れないと、このまま船と一緒にそこいいてしまう!と、
おもいっきり、船を蹴飛ばし、手を無理やりはなした。
そして、船から少し離れると、やっと冷静になり、現状がつかめた。
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周りを見渡すと、おぼれかけている人、みんなの荷物、
船の真ん中にあった「コカコーラのクーラーボックス」
が浮いていた。
みんなが何かに、つかまろうと必死だった。
私は、泳ぎが得意なので、また、万が一と、
冗談で水着になってたことがあり、
何とか船が通るまでは何とか浮いていられる自身はあった。
は、と見ると、「横浜みなと未来博覧会」のふくろがぷかぷかと浮いているではないか。
あれは、わたしのだ!とおもい、一目散で泳ぎだした。
あと、一歩のところで、私の「みなと未来博」の袋は、インド系のおじさんが
浮き輪だとも思い、つかんでしまった。その瞬間、袋の中に水が
まんぱんに入り、海のそこへ沈んでいった。
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少し落胆しながら、周りを見ると、浮いているもの(赤いコカコーラのクーラーボックス・船の破片の木)には、びっちりと人がつかまってた。
自分の荷物を追いかけている場合ではなかった。まあ、いいや、とおもい、ぷかぷか仰向けで浮いていると、突然、おぼれかけている欧米人の太ったおばちゃんが、私をつかんできた。
このときばかりは、やばいと思った。だって、私の頭は、水の中だったのだから。
何とかおばちゃんを振り払い、みんなの輪から外れることにした(大体みんなの輪から15M)。
すると、目の前に、つぶした浮き輪が浮かんできたのだ。
「これ本当??物語にしていない?」
といわれるかもしれないが、本当の話。
いそいで立ち泳ぎをしながら、その浮き輪に空気を入れた。
そして、私のそばで、ゴミ袋に空気をいれて浮き輪にしようとしたが、
うまくいかず、ばたばたとおぼれそうになっている人に渡した。
(この話はまた笑えるので、また別の記事で書くことにする)
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沈んでから、だいたい15分~20分くらいたってから、大きな船が通りかかった。
きれいな船で、ライフジャケットを投げ入れてくれた。どうやら、韓国人観光客で、船を貸しきって「ラン島」に遊びに行っていた帰りのようだった。
みんなの輪からは20Mくらい、私のところからは、5Mくらいのところに、ライフジャケットは
おっこちた(多分7個くらいはあったと思う。)
私は急いで、泳ぎ、そのライフジャケットを受け取り、
みんなの輪のところに、投げた。
そして、私は、泳いでもどり、その船に救助された。
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今でもよく覚えている。
韓国人で6人くらいいたと思う。
興奮状態の私を落ち着けるために、ジュースをくれたり、
Tシャツと、短パンに着替えなさいと、服をくれた。
人が徐々に救助された。
ラン島からのかえりのジェットボートなども加わり、
全部で、3隻の船で救助された。
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カナダ人ファミリーの一員の
フィリピン人のバロンちゃん(泳げなくて、ぼろぼろのライフジャケットを着ていたこ)
が救助された。海の水とともに、顔は涙でぼろぼろだった。
私は手をとり、
「大丈夫だよ!!」と必死に励ました。
すると、「おばさん・おじさんがいない!!!」
彼女は興奮状態。
「おばさんは泳げないし、おじさんは60を超えている、
わーーーーーーーーーーん」
とにかく、彼女を励ましつづけた。
「きっと違うジェットボートに乗ってるよ。」
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パタヤにつくと、タイ警察が私たちを待っていた。
乗っていた船頭たちは、すでに逃げてしまっていた。
どうやら、マフィアの手下で、違法に商売をしていたらしい。
私たちは、何人乗っていたか、どんな人が船にいたか、
誰がいないか、事情聴取されることになった。
病人は病院へ、健康体の人は、警察に連れて行かれた。
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警察は、クーラーが効いており、寒く、おかしくなりそうだった。
新聞記者のような人が、私の横顔を写真で収めて言ったのも覚えている。
とにかく、事故証明書を書いてもらって保険会社に保障してもらおう!
私の頭にはもうそれしかなかった。
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しかし、タイ語で話しかけられても、「全くわかりませんえん!!」
困っていると、とってもやさしい欧米系のおじさんが現れた(クリスさん)。
彼は、タイ語と英語で、通訳をしてくれ始めた。そして、みんなの事故証明や紛失証明書などの作成のお手伝い・事情徴収のお手伝いをしてくれはじめた。
そしてどこからか、
欧米系のおばさん・おじさん(フレッドさん・ダイアンさん=クリスさんの仲間)が現れ、私に服をくれ、着替えなさい。とやさしく声をかけてくれ始めた。
また、温かいスープを飲みに行こうと誘ってくれた。
まず、はだしだった私にサンダルを買い与え、
スープを飲みに近くのマーケットに連れて行ってくれたあと、
また警察に戻った。
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そして、ショッキン事実を私に伝えた。
「アラブ系の男性二人死亡と。」
私の斜め前に座っていた男性だ!
もし私のほうが下に傾いていたら、私もやばかったかも。
そのときは、神に祈った。
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その日は、バンコクに戻れず、クリスさん(=南アフリカの人でした)
のご自宅にとまらせていただくことになった。
彼らは、タイで、貧しい子供たちが、学校に行かせるよう支援する、NGO活動を行っていた。(もちろん、仕事はタイできちんとしている人たちです)
http://vfcministries0.tripod.com/frames_idex.htm
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なんか、この事故で、とてもショックを受け、怖い思いもし、ひどい出来事だと思ったが、運もよかったと思っている。
まず、第一に助かったこと。第二に、船で助けてくれた韓国人・クリスさんや、ダイアンさん、フレッドさんといった、すばらしい人に会えたこと、第三に、この恐怖味わったが上に、めちゃめちゃなかのよい友達ができたこと(バロンちゃんやメルちゃん)。
人生、悪いことがあれば、絶対にいいことはやってくるのだと本当に痛感した。
結局この事故の補償は、
船会社:0円
私のクレジットカードについていた保険:満額の10万円(携行品)
以上です。
今思えば、行きの船で吐いた件、私の間隣の人が犬にかまれた件・なにか虫の知らせがあったのかもしれません。